Archive for 4月, 2006

29th 4月 2006

International Kimono Café repot

4月28日(金) 六本木で開催をさせて頂きましたInternational Kimono Café 
たくさんの、そして色々な国々のGrilsのお力を借りて、無事に終了させて頂きました!
海外の方はのべ約30名、日本の方はご協力者を含めまして約25名の会となりました。
初めての都内進出、限られた時間、そして日々薄れゆく英語力、実は開催までプレッシャーを感じておりました。
しかし、西洋で学んだ「意思あれば道が開ける」という言葉を励みに、日々努力した結果、自分でも満足できる会を開催できたと思います。
以下会の模様です。今後こういった会を日本全国で開催していきたいと思っておりますので、ご協力をいただけるGirlsさんはご連絡を頂けると大変ありがたいです!
(ブログのタイトルは「世界に羽ばたくやまとなでしこ」ですが、私は「日本」からパタパタと助走ができればいいなーと思っております・・・)
(左)両端のお二人はインターナショナルスクールの先生とのこと。

(上)オーストラリア大使館のお勤めの彼女は、キモノのままお帰りになりました。(お茶会のご亭主ゆきこさんと)

(左)お茶のお手前を受けるアメリカから留学中のJessicaさん(20歳)。お申し込みの際に「新しいお友達ができるかな」とメールを下さりました。


オペラ歌手竹林加寿子の歌声にみなさんうっとり。(5月4日にリサイタルあります。情報はこちらhttp://k15.wablog.com/
こちらのお二人もお着物のまま六本木ナイトへ。
昨日は六本木のキモノ人口が増えたのでは!?
そして改めまして最後に以下の方々のご協力に深く感謝いたします。
プランニング&コネクター 浅見 哲子さんhttp://sammy123.dokyun.jp/archive/l-156660.html
お茶会ご亭主 佐藤 ゆきこさん 実木子さん 姉妹 http://kongetu.kimono-sakaeya.com/?eid=219468
オペラ歌手 竹林 加寿子さん http://k15.wablog.com/
きものコンシェルジュ 細淵 智美さん http://www.kimonoseikatsu.com/
ヒーリングアドバイザー 龍崎 生薫子さん http://www.link-jp.com/m_diarys/scr3_diarys.cgi?cat=4667soin
株式会社アルクさん

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27th 4月 2006

International Kimono cafe @ 六本木 only for girls

現在、海外のお客様が30名を越えました。
日本人のお客様がそれよりも少ないのは寂しいので、
再度イベントの告知をさせていただきます!
お仕事帰り、学校帰り、どうぞ手ぶらでどうぞお運びください!
こちらで着物のレンタルと簡単な着付けをサービスさせていただきます。
着物でお茶を飲みながら、国際交流を楽しみませんか??
4月28日(金)のみの開催となりますので、この機会をどうぞお見逃し無く。
ここから着物の良さ&文化力を知っていただければ、本当に嬉しいです。
International Kimono cafe @ 六本木
キモノでGirls’ Talk
この度、こちらのブログからヒントを得まして、キモノでリアスにGirls’ Talkできるカフェを1日のみ開設させて頂きます。
国籍に関わらず女の子同士、KIMONOで語り合いませんか?
日時:4月28日(金) 18時~21時
場所:リラクゼーションルーム seabed 03-5411-5664(電話当日のみ)
東京都港区西麻布3-1-20 Dear西麻布3F

http://www.seabed.jp/m_index.htm

六本木駅 C-1出口から徒歩4分 六本木ヒルズから徒歩1分
チャールストンカフェオリエンタルの入っているビル3階
(エレベーターでお上がりください)
抹茶とお菓子+簡単な着付けサービス(お着物は当店からリサイクル品をお貸し出しします) 2500円(事前予約2000円)
外国人の方と一緒の場合 2000円 (事前予約1500円)
キモノでご来場の方 1500円 (事前予約1000円)
26日(水)までにメールにてご予約いただいた方は、
一律500円割引いたします。
到着時間・人数をメール こちら までご連絡ください。
※1時間以上ご滞在の場合、1時間ごとに1ドリンクのオーダーをお願い致します。(全て500円 ソフトドリンクのみのご提供です)
その他のGirlsからのご協力&サプライズプレゼント
小泉首相の晩餐会でも歌われた オペラ歌手 竹林 加寿子http://k15.wablog.com/さんが 歌声をスペシャルプレゼント (5/4(木)17:30~19:30に渋谷でコンサートあり)
元パリコレ出品作品縫製者 佐藤 実希子http://kongetu.kimono-sakaeya.com/?eid=219468さんのキモノ地をつかった作品の展示&オーダー受注会
ヒーリングアドバイザー 龍崎 生薫子http://www.link-jp.com/m_diarys/scr3_diarys.cgi?cat=4667soinさんにより プチ顔指圧 (1回15分 1000円)
Supecial thanks to プランニング&コネクター 浅見 哲子http://sammy123.dokyun.jp/archive/l-156660.htmlさん  & きものコンシェルジュ 細淵智美 http://www.kimonoseikatsu.com/さん
主催・問い合わせ先
さかえ屋呉服店  http://www.kimono-sakaeya.com/  048-641-8137   

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24th 4月 2006

大切なものにさよならする勇気  29歳退社を決意する パート3

泣かず飛ばずの編集時代
広告営業では大きな仕事を任せれていたものの、編集部では居場所がない気持ちに苛まれました。
4年目でも、まったく編集のことは素人。自分より後輩の社員に教えられて、なんとか仕事を覚えて行きました。
後輩君が仕事の流れが分かるようにと、気を使ってモデルとして取材に同行させてくれました。「るるぶ横浜03-04」から
正直、今までの評判があった分、居たたまれなかったです。
だから、早く仕事を覚えたい、良いところを見せたいと必死でした。
他の人よりもいっぱい働かなくちゃと思い、連日終電になることも。
本当に肉体的に疲れてきりました。

立場論になりたくないけど・・・

精神的にはもっと辛かった。
それは、今までと全く価値観を変えなくてはいけないということ。
立場論になりたくないけど、やはり広告部の考えのまま仕事を進めることができませんでした。
今まで正しいと思っていたことが根底から覆され、自分がバカに思えた時代です。
他の人は当たり前に考え付いてできるのに、どうして私には出来ないのだろうと。
皆に迷惑をかけているのではなかろうか。
そして、上司からも嫌われているのではないだろうか?というネガティブな気持ちがいつもいつも付きまとっていました。
2回ほど、山手線を見つめていて「あーこのまま飛び込んじゃえば、明日は会社に行かなくて良いのだ」と真剣に考えました。
暗い話しの後に何なのですが・・・
先日ご紹介をさせていただいたInternational Kimono cafe @ 六本木。最新確定情報が次の通りとなりました!
満席の場合は予約の方を優先いたしますので、ぜひご予約のうえ、お運びいただければと思います!
International Kimono cafe @ 六本木
キモノでGirls’ Talk
この度、こちらのブログからヒントを得まして、キモノでリアスにGirls’ Talkできるカフェを1日のみ開設させて頂きます。
国籍に関わらず女の子同士、KIMONOで語り合いませんか?
日時:4月28日(金) 18時~21時
場所:リラクゼーションルーム seabed 03-5411-5664(電話当日のみ)
東京都港区西麻布3-1-20 Dear西麻布3F
http://www.seabed.jp/m_index.htm
六本木駅 C-1出口から徒歩4分 六本木ヒルズから徒歩1分
チャールストンカフェオリエンタルの入っているビル3階
(エレベーターでお上がりください)
抹茶とお菓子+簡単な着付けサービス(お着物は当店からリサイクル品をお貸し出しします) 2500円(事前予約2000円)
外国人の方と一緒の場合 2000円 (事前予約1500円)
キモノでご来場の方 1500円 (事前予約1000円)
26日(水)までにメールにてご予約いただいた方は、
一律500円割引いたします。
到着時間・人数をメール こちら までご連絡ください。
※1時間以上ご滞在の場合、1時間ごとに1ドリンクのオーダーをお願い致します。(全て500円 ソフトドリンクのみのご提供です)
その他のGirlsからのご協力&サプライズプレゼント
小泉首相の晩餐会でも歌われた オペラ歌手 竹林 加寿子http://k15.wablog.com/さんが 歌声をスペシャルプレゼント (5/4(木)17:30~19:30に渋谷でコンサートあり)
元パリコレ出品作品縫製者 佐藤 実希子http://kongetu.kimono-sakaeya.com/?eid=219468さんのキモノ地をつかった作品の展示&オーダー受注会
ヒーリングアドバイザー 龍崎 生薫子http://www.link-jp.com/m_diarys/scr3_diarys.cgi?cat=4667soinさんにより プチ顔指圧 (1回15分 1000円)
Supecial thanks to プランニング&コネクター 浅見 哲子http://sammy123.dokyun.jp/archive/l-156660.htmlさん
主催・問い合わせ先
さかえ屋呉服店  http://www.kimono-sakaeya.com/  048-641-8137   

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21st 4月 2006

六本木で着物のイベントを開催いたします!

Kimono international café @ 六本木
と題し、4月28日(金)に六本木でイベントを行います。
急な決定となり、どこまでのサービスがご提供できるか分かりませんが、
リアル Girls’ Talk がご提供できる場所になれば幸いです。
詳しくはこちらのサイトをご覧下さい。
http://event.kimono-sakaeya.com/?eid=217265
(先日のイベントのご案内の後にご紹介をしております)

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19th 4月 2006

大切なものにさよならする勇気  29歳退社を決意する パート2

営業からのスタート いくど涙を流したか
入社後、編集ではなく、広告部広告営業課に配属されました。
編集とは違う、もう一つの出版社のエンジンが広告。それを集めるのがお仕事です。
詳しくは私が指導社員をさせて頂いたIちゃんがこちらのサイトでお仕事を紹介してくれています。
なんでも自分の思い通りにはいかないのが社会人。しかも営業にとって、「お客様は神様」!
しかし、大学を出たばかりで「若~いオンナノコ」を地で行っていた私にはそれが理解できずに、新人時代なんどとなく涙に咽びました。
それでもIちゃんが書いているように、「比較的仕事の自由度が高く、自分がやりたい!と思った事にどんどんチャレンジできる環境」だっため、「辞める!」と本気で思ったことはありませんでした。
(口では「辞めたい」といっていましたが、あれは「辞めない」ためのおまじないでした)
その環境の象徴の一つがこれ。このウェブサイト“[RB] for tokyo ”は雑誌の内容をダイジェストで無料掲載しています。そんな太っ腹の部署です。
その太っ腹さからか、何かの間違いか、私は入社3年目で、国内最大広告代理店の担当に任命されます。
プレッシャーを感じながらも、「会社が自分を認めてくれている」と期待感を励みにし、残業も厭わず、仕事に燃えていました。
「広告営業は天職かもしれない!一生この会社でがんばろう」と本気で思っていた時代です。まして退社して、呉服屋になるという選択肢は全くあり得ませんでした。
新しい惑星に
広告営業として一番ノリノリだった4年目。
いつも疑問に思っていたこと、そして入社前の夢。
「編集の仕事と気持ちを知りたい」その思いが異動願いの筆を取らせます。
編集と広告は太陽と月。一つの意見を通せば、かならずどちらかが退かなくてはならない。
対立する利害関係。その解決の糸口を自分で探したかった。
若さゆえの決断でした。そしてそれを会社側も許してくれます。
3月の人事発表の日、内線電話で呼び出され、会議室へ。
「編集部で今まで思っていたことやってみろ」
人事の方から励ましの言葉をもらい、私は新しい惑星への切符を手に入れました。
そしてようやく入社前の夢、国内ガイドブック編集に携わる事となります。
夢に胸を膨らませていたのもつかの間。
広告営業では認めてもらっていても、編集部ではただの使えない四年目社員なのです。
そこから自分の居場所を見つけなくては!という焦燥にしばらくさいなまれ続けます。

 初めて編集部で担当した「るるぶ東京ベストテン」。製作過程中、1日中泣いて仕事にならなかった日もありました。しかし今では私の宝物の一つ。

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17th 4月 2006

Father’s death: Mother cried, but I could not cry

Father’s death: Mother cried, but I could not cry
My father’s disease was discovered when I was a third grade elementary school student.
It was liver cancer but the name had been kept secret from him. At the time liver cancer always meant death.
He needed emergency surgery. However even after the operation, the surgeon said, “It’s too late. There’s nothing I could do.” We were told by doctors he was to be within a maximum of 4 years of death.
It was a remarkably cold day on February 4th. After a 3 year and 10-month battle with cancer, my father Sakae was called to heaven. He was 62 years old.
papa033.jpgHe always had few words, always had his temper under control, and loved Japanese culture. He was born in south island in Japan before WW2. During the war, he moved to China in opposition of the war, where he graduated from high school. He then went back to Japan and in spite of receiving training to become a solder, the war luckily ended before he could use it.
During the funeral service, my mother cried so much but I couldn’t cry.
For 13 year old children, death doesn’t mean father’s death but simply “death.” I couldn’t stop thinking: “One day I will die as well”. The thought filled my mind.
The bubble economy bursting
After father’s death, the other dark shadow came knocking on Sakaeya Kimono Shop’s door.
Kimonos had come not to be sold at all. Just before the bubble economy burst, the Kimono industry started suffering from a recession.
My mother said, “No money! What should we do?” quite often.
The one positive aspect of the Kimono shop had been “No lack for money,”but it was now gone. I had to study,“be pertinent.”
The Kimono shop became no longer attractive to me.
Therefore it was natural that I had no idea of becoming a Kimono shop owner.
Until last year I hated the Kimono shop because it was the reason for my loneliness, uncoolness and poorness.
Now it feels strange writing this Blog as the Kimono shop’s second generation owner.
I had been looking for The Blue Bird outside, but it seems I have found it inside instead.

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15th 4月 2006

大切なものにさよならする勇気  29歳退社を決意する パート1

24歳までに嫁ぎなさい
母は私に高校卒業後、女子短大への進学を勧めました。
「女が学を積みすぎると、結婚に差しさわりがある」というのが理由。
「娘には苦労のない、優雅な主婦の生活を送って欲しい」それが「娘の幸せ」らしいのです。
短大を卒業し、腰掛OLをしながら花嫁修業、そして24歳までには、大手の会社のサラリーマンもしくは公務員に嫁ぐ。
一方私は全く別の未来を描いていました。
父の死後、母が働いていてくれた事。そのおかげで、貧乏だけど、そのまま私立の中学校・高校で勉強が出来ました。
いつか私が結婚相手を亡くしても、子供に同じ事をしたい。
そのためには、働く女性になりたいと。できるだけ大きな会社で、総合職で働きたいと。
それには四大卒業が条件だろう、だから四大進ませて欲しいと説明をします。
結果、母は私の希望通りにさせてくれました。
嬉しいと、人間は本当に飛び上がるモノでした! 第一志望に入社
大学を無事5年!?で卒業。
1999年、23歳の私は、第一志望だったJTB出版事業局(現 JTBパブリッシング)に入社しました。
国内旅行の楽しさをもっと伝えたい。海外旅行もいいけど、旅行の楽しさは、コミュニケーションがあればこそ。だから言葉が通じる日本の旅は楽しいし、それに歴史や文化を知れば、たった1つの石ころが観光名所に早変わり。そう考えると、その情報を発信できるガイドブックって、なんてすごいんだろう!
そんな風に海外旅行全盛の時代、国内旅行の認知普及に努めたい、と国内ガイドブック編集を目指していたところ、一番行きたかった会社から内定をもらいました。
内定を頂いたとき、冗談じゃなく、嬉しすぎて飛び上がりました。
だから、本当にやりたかった仕事だったので、それを手放すのは本当に勇気がいることでした。
たまに「会社を辞めて留学をしたいけど、勇気がありません」とお話しをお伺いします。
私も正直そうでしたし、何でも「さよなら」は勇気のいることですよね。
だからしばらく、私がどうやって「勇気」を振り絞ったか。「留学か」「仕事か」に揺れ、「さよなら」を決意した経緯をお話しさせていただければと思います。
さて、本日は長板中型染めの浴衣のイベントがありました。
この詳細については、http://2daime.kimono-sakaeya.com/こちらのHPにて近日公開させて頂きます!(デンマーク留学中のT君待っててね~)
ぜひ江戸の伝統&芸術とは言わずにはいられない、手仕事の浴衣についてご紹介させてください。
 JTBでお世話になった先輩3名が、今日のイベントに遊びに来てくれました。編集者は好奇心の塊!!退社しても、こうやってお付合いを続けて下さる皆様に本当に感謝です!(現在JTBパブリッシングさま ご来店者カウント 9)

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12th 4月 2006

From a Kimono shop daughter’s point of view

Lonely infant stage
16 years after our shop opened, I was born.
So let me move on to my experiences and about what I have thought about our Kimono shop until last year, from a Kimono shop daughter’s point of view.
Looking back at my childhood, our shop was in the best of condition and managed so well. Indeed, my parents were so busy. They opened the shop from 10AM to 9PM every single day. Therefore I wasn’t able to spend much time with them.
When I went to a friend’s house, I envied them for the fact that their mothers were at home (In Japan it is common after getting married or having a baby, for women to quit their jobs and become housewives).
I always felt lonely and thought, “Why was I born into a Kimono shop owner’s family?”
Preferring office work to Kimono shop
Kimonos are worn mainly by older people. It seemed so uncool to me!
I hated to say what my parents were doing.
In fact, Japanese tend to have a longing for Western cultures. When I said my parents ran a Kimono shop, no friend paid any attention. On the other hand, when others said their father was an office worker, we said, ”that’s cool!”
For me, the Kimono shop was the reason for my loneliness and uncoolness. However there was one good point — we had no lack for money. Feeling guilty for not being able to be with me, my parents bought me almost everything I ever wanted. Yes! I was spoiled!
However, the wealthy period was short. We would see two dark shadows in a few years. One was the bubble economy bursting and the other was father’s death.

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10th 4月 2006

家を継ぐなんて1,000%ありえない! 最終回&お知らせ

父の死 泣く母 泣かない私
父の病気が発見されたのは、私が小学校3年の時でした。
病名は「肝臓ガン」。
本人には告知はされず「初期の肝硬変」と伝えられました。
当時、「肝臓ガン」と言えば、死を意味していたからです。
緊急手術ということで、即入院。
しかし開腹してみると、転移が激しく、何も処置ができませんでした。
そして、お医者様から「もってあと4年」という宣告を受けます。
黙って耐えるということが出来ない母は、兄達が別に所帯を持って話すことが出来ないため、私に父の経過や容態を包み隠さず話しをしました。
反抗期・思春期だった私はもっと母と距離を置きたかった。そして、自分の世界に閉じこもっていたかったのですが、そうとは言えず、母の話を聞いていました。
papa033.jpg
3年10ヶ月の闘病の末、父は息を引き取ります。昭和63年、2月4日はとても寒かったと記憶します。
越智 榮 享年62歳。昭和2年に生まれ、昭和の終わる1年前で他界。
父の臨終に際し、母は泣き叫びましたが、私はどうしても泣けませんでした。 

(続きを読む…)

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09th 4月 2006

Escape from rural hometown

Escape from rural hometown
After getting married, they started a new life in Tokyo.
Keiko was so happy because she hated her hometown and dreamed of living in the city.
First of all, Sakae was working for a company and Keiko was a housewife.
However, they had an ambition to have their own shop.
Empress Michiko decided what the shop should be doing.
At the same time, the current Emperor got married with Michiko.
Ms Michiko was the first empress who was not from an imperial family.
She was entirely beautiful, friendly and intelligent.
Indeed she became popular among Japanese. The fist time she was
introduced to Japanese by photo, she was wearing a Kimono.
(This photo of Michiko was unvelled on November 22th, 1958.)
My mother was fascinated by her and Ms Michiko had become the women of
Keiko’s dream. Finally they decided what kind of shop they were
starting. It was, of course, a Kimono shop.
The kimono shop, which is named Sakaeya ( the name is from my father’s
name) was born on September 20th, 1959.
At this time, Keiko was 24 years old and Sakae was 31.

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